「今日は上空に寒気の影響で、大気が不安定となり、所によっては雷雨となるでしょう」というような天気予報を聞くことがあります。
この“大気が不安定”とは、どのようなことなのでしょうか。
ここでは、対流圏内における気温と水蒸気量の鉛直分布とが大気の安定度にどのような関わりがあるのかを見ていきます。
上昇空気の温度変化
一塊の空気の上昇、あるいは下降中において、周囲の空気との間に熱の出入りは行われますが、そ の量は極めて少なく、無視して差し支えありません。このような条件で行われる物理変化を断熱変 化といい、仕事は一塊の空気自身の持つエネルギーで行うこととなります。断熱変化には以下の2 つの場合があります。
①断熱膨張 空気の塊が上昇すると、周囲の空気よりも高い気圧を持っているため、周囲の空気を押しのけて膨 張し、周囲の空気と同じ気圧になるまで体積を増大させます。体積の増大は空気の気圧に逆らって 行われるので、仕事をすることを意味します。断熱過程であるので、その仕事に見合うエネルギー は、自身の持つエネルギーでまかなわなければならず、結果的に温度は降下します。
②断熱圧縮 下降する空気については、上昇の場合と反対に、仕事をされることになりますので、温度が上昇す ることになります。 そこで、次の法則が得られます。 「上昇気流は温度が低下し、下降気流は温度が上昇する」 このような断熱的な上昇で空気塊の温度が下がるとき、その空気塊が乾燥している(飽和していな い)場合の温度の低下する割合を乾燥断熱減率といいます。地球大気の場合、乾燥断熱減率は1km 上昇するごとに約10℃です。反対に、空気塊が断熱的に下降するときは、同じ割合で空気塊の温度 が上昇します。 一方、水蒸気で飽和している空気塊が断熱的に上昇した場合、高度が増すにつれて温度が低下する 割合のことを湿潤断熱減率といいます。湿潤断熱変化においては、温度の低下によって水蒸気の凝 結が起こり、それによって潜熱が放出され、飽和している空気塊が暖められます。このため、飽和 している空気塊が上昇する場合は、乾燥した(飽和していない)空気塊が上昇する場合よりも潜熱 で暖められた分だけ温度が高いので、温度の下がり方がゆるやかになります。つまり、湿潤断熱減 率は乾燥断熱減率よりも小さくなります。一般に、水蒸気量の多い対流圏下層では4℃/km、対流圏 中層では6~7℃/km程度です。
安定度の判定
ある気層が安定しているか、あるいは不安定なのかの判定は、その気層中での気温及び露点の垂直分 布によって決まります(乾燥空気なのか、湿潤空気なのかによって異なる)。
- 安定
上昇(下降)した空気塊の温度が同じ高さの周囲の気温よりも低い(高い)ときは、空気塊は周囲の 空気より密度が大きくて重い(小さくて軽い)ので上昇(下降)できず、元の位置に戻ろうとします。 このような状態を「大気の成層が安定」であるといいます。
- 不安定
上昇(下降)した空気塊の温度が同じ高さの周囲の気温よりも高い(低い)ときは、空気塊は周囲の 空気より密度が小さくて軽い(大きくて重い)のでさらに上昇(下降)し続けます。このような状態 を「大気の成層が不安定」であるといいます。
- 中立
上昇(下降)した空気塊の温度が同じ高さの周囲の気温と同じであるときは、空気塊は上昇(下降) したそのままの位置にとどまります。このような状態を「大気の成層は中立」であるといいます。 1.乾燥大気の静的安定度 大気の状態が安定か不安定かは、上昇(下降)した空気塊の温度が同じ高さの周囲の空気の温度より も高いか低いかによって決まります。いま、乾燥した(飽和していない)空気塊がほんの少し、たと えば高度100mほど上昇した場合を考えてみましょう。高度0mでの空気塊の温度を20℃と仮定します。 空気塊が100m上昇すると、乾燥断熱減率により19℃になります。この空気塊の温度が周囲より低けれ ば「安定」となり、高ければ「不安定」となります。言い換えれば、鉛直方向の実際の気温減率(こ れを状態曲線といいます)が乾燥断熱減率より小さければ「安定」、大きければ「不安定」となるわ けです(上図左)。 点線が状態曲線 黒実線が状態曲線 気象Ⅲ(天気図・悪天) 51 2.湿潤大気の静的安定度 水蒸気を含んだ空気塊を上昇させた場合は、飽和による凝結が起こるか起こらないかによって、その 空気塊の断熱減率が違ってきます。したがって、大気の安定度は、乾燥断熱減率あるいは湿潤断熱減 率と気温減率の大小関係によって異なり、基本的には3通りに分けられます。 ①絶対安定(気温減率<湿潤断熱減率) 上図右の線Aは、観測された周囲の大気の気温減率(状態曲線)が空気塊の湿潤断熱減率より小さい場 合のものです。飽和している空気塊が上昇するときの温度は湿潤断熱減率によって下がりますが、空 気塊が飽和していても飽和していなくても、周囲の大気の気温よりも低くなるので、つねに上昇が押 さえられます。こうした状態を絶対安定といいます。 ②絶対不安定(気温減率>乾燥断熱減率) 上図右の線Cは、観測された周囲の大気の気温減率(状態曲線)が空気塊の乾燥断熱減率より大きい場 合のものです。飽和していない空気塊が上昇するときの温度は乾燥断熱減率で下がりますが、空気塊 が飽和していてもしていなくても、周囲の大気の気温より高くなるので、さらに上昇し続けます。こ うした状態を絶対不安定といいます。
③条件付不安定(湿潤断熱減率<気温減率<乾燥断熱減率) 上図右の線Bは、観測された周囲の大気の気温減率(状態曲線)が空気塊の湿潤断熱減率より大きく、 かつ乾燥断熱減率より小さい場合のものです。この場合、大気の状態は、飽和していない空気塊に対 しては安定ですが、湿潤空気が飽和すると不安定となります。このように空気塊が飽和しているか不 飽和であるかによって、安定か不安定化かが決まる状態を条件付不安定といいます。
雷雨発生の予測
雷雨発生のメカニズムは複雑で、発生の予測の方法も多岐にわたりますが、夏期においては次の三項目 を検討して、一般的に発生しやすい場であるかどうかを判断する方法があります。
(1) 安定指数(ショワルター安定指数 略称:SSI or SI) 各調査により、ショワルターの安定指数がマイナスになれば、雷雨の発生数が急増します。配信される 気象資料から、下図のように0の等値線等を引き、その範囲内をマークします。
(2) 上層大気の気温と露点 500hPaの気温が-6℃以下であり、850hPaの露点が15℃以上である範囲をマークします。
(3) 上記区域と地上の気圧降下域が、重なっている場合はさらに注意が必要です。 ※SSI(ショワルター安定指数) → 大気の安定度を知るための目安指数 850hPaの温度と湿度および500hPaの温度から求められ、大気の安定度を示します。この値が大きい (小さい)と大気の安定度は大きい(小さい)です。 SSI=(500hPa高度の気温)-(500hPaまで上昇させた850hPaの空気塊の気温)
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